ポンデュガールが建てられた正確な年代はわかっていないが、ガリア (Gallia) 総督アグリッパ (Agrippa)の時代であったと考えられる。ローマの技術者たちは、水源と目的地の間のわずか17mしかない高低差を考慮にいれなければならなかった。導水路は、傾斜が1kmについて平均34cmを超えないようにしなくてはならなかったし、日に2万klとみられる水量のために、考えられうる圧力を支えなければならない。蛇行するところでは粗石積みが受ける応力は限界を超えていた。そのため、傾斜をゆるやかにすることによって流れを抑制しなくてはならなかったのである。
講談社「世界遺産」より