カッパドキアのホテルには3日間滞在していたのですが、毎日入れかわり立ちかわり違うツァー客が現れました。JTBのリストに載っているホテルなのですから、ツァーでも使われているはずです。
そして、ホテルのフロントに掲げてあるラックレートを見ると、日本で我々が提示した額 (平均 8,000円ぐらい) より格段に安いではありませんか。
それと、後で気がついたのですが、カッパドキアには洞窟ホテルがあり、イスタンブールには宮殿ホテルや、アガサクリスティーが宿泊していたホテルもあったのです。
イスタンブールのような首都のホテルは相場が高いですが、宿泊したホテルは、イスタンブールでも三流(一応4つ星)かと思えるホテルでしたので、自分で予約すれば、首都は安く抑えても地方ではちょっと豪華にするとか、もっとメリハリの効いたものにすることはできたでしょう。
しかし、この時は海外旅行のホテルを自分で手配するなどとは、夢にも考えつきませんでした。
豪華なホテルでなければ嫌ということはありません。
その土地でなければ出会えないような印象的なホテルに泊まれば旅もいっそう楽しいものになるし、部屋は質素でも、テラスから美しい景色が見えたりすれば最高です。
二度と行くことはできないかもしれない土地で、同じ料金を出すなら、自分で納得してホテルを選べば、たとえそれがハズレても諦めがつきます。
そこで、翌年からは自分でホテルを予約することにしました。当時はまだ、今ほどインターネットが普及していず、ホテルのホームページそのものも少なかったので、その国の観光局までパンフレットをもらいに行きました。
ホテルに予約するためにファックス電話を購入し、『地球の歩き方』 を参考にホテルに問い合わせました。
ハイデルベルクの観光名所にもなっている "騎士の家" から、最初のOKのメッセージが1時間もたたないうちに届いたときは、うれしいよりも驚いてしまいました。
通信文が電線を通り、ドイツまであっと言う間に届き、それがまた即座に返って来ることに感激さえしてしまいました。
レンタカーも自分で運転して移動するなどとは、想像だにしていませんでした。
ロマンティック街道の移動手段を調べるうちに、バスの本数が少ないこと、バスの時刻表に合わせて行動するのは自由がきかないことなどがわかるにつれ、自分の行きたい所に行けて、自由がきくのはレンタカーしかない、という結論になってしまったのです。
そうはいっても右側通行の国を左ハンドルで運転したことはないので、いざ、そのときになるまでは、果たして運転することができるだろうかと不安でした。
ところが、慣れとは恐ろしいもので、翌年のベルギーでは、明日はレンタカーを返す日だと思うと、電車で出かけるより、ずっと楽ちんになっていたレンタカーを、返却するのが寂しいと思えるくらいになっていました。
レンタカーだと時間を気にせず、ホテルの部屋からスーツケースを車のトランクに入れればすぐ出発できます。駅までスーツケースをごろごろ引っ張っていく手間はいりませんし、駅のホームで係員がいないので列車がどこ行きかわからないということもありません(グラナダ〜セビージャ間の列車の側面には何も書いてありませんでした)。
私の旅は、まず行きたい国を決め、具体的にどの町がおもしろそうか、それを探すために日本のガイドブックや雑誌、ミシュランのグリーンガイドやレッドガイド、レンタカーで移動するための地図を買い込み、1日200kmを目安に移動できるスケジュールを作ることから始まります。
そして、宿泊しようと思う地で、なるべく予算オーバーしないよう、どうせ泊まるのならおもしろそうなホテルを選びます。このとき、ホテルに駐車場があるかどうか、簡単に行けそうかどうかも検討します。
プランを練っているときにどんな所かと想像し、旅に出ればもちろん行った先で、そして帰ってきて思い出す、という3回旅を楽しむスタイルなのです。