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世界遺産は、やはり魅力的な所です。以前は、世界遺産を好んでスケジュールに入れていたこともありますが、最近では 『自分が行きたい所に、たまたまあったら訪れてみよう』 に変わっています。
名称の下の数字は、登録年、登録基準   ユネスコ (whc.unesco.org)より参照

(注)日本語の名称は私の行った所、英名は登録されている名称。
訳が日本語になっていなくて変と思われた方は、どうぞユネスコのページでご覧になってください。

今まで訪れた世界遺産
名称 説明 5段階評価すると
アメリカ合衆国 グランドキャニオン国立公園
Grand Canyon National Park
1979年自然遺産1.2.3.4
コロラド川によって浸食されたグランドキャニオンは約1,500mの深さがあり、世界でも最大級の峡谷である。アリゾナ州に位置するグランドキャニオンは、グランドキャニオン国立公園を横切っている。その地層は20億年の地理学的歴史をなぞっている。また、特別過酷な環境に対する先史からの人間の適応がある。 4
谷間までトレッキングしていたら、5かも

ハワイ火山国立公園
Hawaii Volcanoes National Park
1987年自然遺産2
世界で最も活動的な二つの火山、マウナロア(4,170m)とキラウェア(1,250m)は、太平洋にそびえ立っている。火山の噴火は、絶えず変化する景観を作り、溶岩流は驚くべき地質的組成を示している。巨大なシダの森と同様に、珍種の鳥や固有の種を見つけることができる。 4
ヘリコプターで火口まで行っていたら、5かも
イギリス コンウィ城
Castles and Town Walls of King Edward in Gwynedd
1986年文化遺産1.3.4
ボーマリス城、ハーレフ城(主として偉大な軍事建築家ジェームズ・オブ・セント・ジョージの仕事)、要塞としての複合施設カーナヴォン城やコンウィ城は、北ウェールズのグイネズの以前のウェールズ公国に位置している。これらの非常に保存状態の良い建造物は、エドワード1世(1272〜1307)時代の中世の軍事建築の重要な一例で、植民地化の過程を伝えている。 3
ブレナム宮殿
Blenheim Palace
1987年文化遺産2.4
ブレナム宮殿は、オックスフォード近郊にあり、有名な風景式庭園の設計士『才能ある』ブラウンによって造られたロマンティックな公園の中に建っている。宮殿は、ジョン・チャーチル将軍 (初代マールバラ公爵に叙せられた) が、1704年ドナウ河畔のブレンハイムの戦いでフランス・バイエルン軍に勝利した恩賞として、イングランド国家から下賜された。1705年から1722年で建築され、折衷スタイルと自然回帰に特色づけられており、18世紀の王侯の居宅の完璧な見本を示している。 3
バース市街
City of Bath
1987年文化遺産1.2.4
温泉浴場としてローマ人によって建設されたバースは、中世には羊毛工業の重要な中心地となった。18世紀において、ジョージ3世下、バースはローマ浴場と調和した新古典主義の建物とともにエレガントな街に発展した。 3
ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター大寺院
Westminster Palace, Westminster Abbey and Saint Margaret's Church
1987年文化遺産1.2.4
1840年から重要な中世の遺構の上に建設されたウェストミンスター宮殿は、ゴシックリヴァイヴァル建築の最高傑作である。この敷地は、直立するゴシック様式で建設された中世の小さな教会セントマーガレットや、11世紀以来、歴代国王の戴冠式が行われるウェストミンスター寺院を包含するという偉大な歴史的象徴的意義を持っている。 4
ロンドン塔
Tower of London
1988年文化遺産2.4
堂々としたホワイトタワーは、ノルマンディー風の軍事建築の典型的な例であり、その影響力は王国中に及んだ。それは、ウィリアム征服王により、ロンドンを防御し、彼の権力を示すためにテームズ川河畔に建設された。王権の象徴の一つとして、多くの歴史を積み重ねた印象的な砦として、ロンドン塔はホワイトタワーの周りに建設された。 4
エディンバラの旧市街と新市街
Old and New Towns of Edinburgh
1995年文化遺産2.4
エディンバラは、15世紀以来スコットランドの首都である。エディンバラは二つのはっきりしたエリアに分かれている。中世の要塞によって支配された旧市街とヨーロッバの都市計画に影響を及ぼし、18世紀以降発達したニュータウンである。この二つの対照的な歴史地区が並んで調和し、多くの建造物が独特の個性を与えている。 3
イタリア ドミニコ会修道院と最後の晩餐
The Church and Dominican Convent of Santa Maria delle Grazie with "The Last Supper" by Leonardo da Vinci
1980年文化遺産1.2
複合建築の不可欠な部分を形づくっているサンタマリアデレグラツィエの修道院の食堂は、1463年ミラノで建設が始められ、ブラマンテにより15世紀後半に改築された。北の壁にある「最後の晩餐」は、レオナルドダビンチによって1495年から1497年に描かれており、芸術の歴史において新時代を導くものである。 3
「最後の晩餐」はちょうど修復中でした
フィレンツェ歴史地区
Historic Centre of Florence
1982年文化遺産1.2.3.4.6
エトルリア人の居住地に建設されたフィレンツェはルネサンスのシンボルであり、15世紀16世紀のメディチ家の庇護の下、経済的にも文化的にも傑出した。その600年間、非凡な芸術的な仕事は、13世紀の聖堂であるサンタマリアデルフィオーレやサンタクローチェ教会、ウフィッチやピッティ宮の中にすべてを見ることができる。そしてその偉大な大家たちは、ジョット、ブルネレスキ、ボッティチェッリやミケランジェロである。 4
ヴェネチアとその潟
Venice and its Lagoon
1987年文化遺産1.2.3.4.5.6
5世紀に建設され、118の小さな島に広がったベネツィアは、10世紀には大海洋国となった。街全体が建築上の傑作であり、最も小さな建物でさえ偉大な芸術家であるジョルジオーネ、ティッツィアーノ、ティントレット、ベロネーゼなどといった者たちの作品がある。 5
マテーラの洞窟住居
Sassi di Matera
1993年文化遺産3.4.5
マテーラの洞窟住居は、地中海地域における最も傑出した保存状態の良い穴居人の住居であり、完璧に土地と生態系に適合している。旧石器時代からの人の住んだ地域と後期集落は、人類の歴史における一つの重要な段階を示している。マテーラは、バジリカータ州の南の地域にある。 3
シエナ歴史地区
Historic Centre of Siena
1995年文化遺産1.2.4
シエナは中世の都市を具現している。居住者たちは、都市計画においてフィレンツェと競っていた。12世紀から15世紀の間のゴシック様式の外観が保存されている。ドゥッチョ、ロレンツェッティ兄弟、シモーネ・マルティーニの作品はイタリアひいてはヨーロッパ芸術に影響を与えた。シエナの町全体は、カンポ広場の周りに建設され、周囲の景観に溶け込むように考案された。 3
ナポリ歴史地区
Historic Centre of Naples
1995年文化遺産2.4
紀元前470年、ギリシア人入植者によって建設されたネアポリスから現在の都市になったナポリは、地中海地域で生まれたあらゆる文化がここで一同に会している。このことが、サンタキアーラ教会やカステルヌオーボのような傑出した建物とともに独特の地域にしている。 3
アルベロベッロのトゥルッリ
The trulli of Alberobello
1996年文化遺産3.4.5
トゥルッリは、プーリア州の南の地域に見られるライムストーンの住居であるが、この地域で現在も使用されている有史前の建物の技術であり、モルタルを使わない建築の優れたサンプルである。トゥルッリは、近隣の野原で集められた粗く加工されたライムストーンの丸石で作られている。独特のトゥルッリは、ピラミッド上のドーム型もしくは円錐形の屋根で、ライムストーン(石灰岩)の薄板で造られている。 4
ポンペイの遺跡
Archaeological Areas of Pompei, Herculaneum, and Torre Annunziata
1997年文化遺産3.4.5
西暦79年8月24日、ベスビオ山は噴火し、地域の富裕な数多くの邸宅とともに、ポンペイとエルコラーノという繁栄する二つのローマの町を飲み込んだ。18世紀半ば以来、これらは発見され発掘が行われた。商業都市ポンペイの莫大な支出は、制限されてはいるがより保存状態の良いリゾート地であるエルコラーノとよい対照をなしている。トーレアヌンツィアータにあるヴィラオプロンティの壮麗な壁画は、初期ローマ帝国の富裕な市民の贅沢な生活を生き生きと伝えている。 4
チンクエテッレ
Portovenere, Cinque Terre, and the Islands (Palmaria, Tino and Tinetto)
1997年文化遺産2.4.5
チンクエテッレとポルトペネーレの間のリグーリア海岸地域は、風光明媚で文化的価値の高い景観である。小さな町々の形状や配置、そして周囲の景観は、急勾配で険しい土地であるが、不利な条件を克服し千年以上にわたる連綿たる人間の営みを記録している。 3
アマルフィ海岸
Costiera Amalfitana
1997年文化遺産2.4.5
アマルフィ海岸線は、自然の美しさと変化に富んでおり、中世初め以来人間の社会が築かれている。アマルフィやラヴェッロといった町は、建築学的芸術的に大きな意義のある作品があり、田園地帯では広い高地は牧草地に、さらに低い傾斜地ではぶどう畑や果樹園に利用されている。 3
アグリジェント遺跡
Archaeological Area of Agrigento
1997年文化遺産1.2.3.4
紀元前6世紀、ギリシアの植民地として作られたアグリジェントは地中海都市のリーダー的存在だった。その覇権と誇りは、現代の野原や果樹園の下に無傷で残っていた古代の町を統治する壮麗なるドーリア式神殿の遺跡によって伝えられる。 3
ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂
Historic centre of Rome, the Properties of the Holy See in that City Enjoying Extraterritorial Rights and San Paolo Fuori le Mura
1980,1990年登録基準1.2.4.6
言い伝えによると紀元前753年ロムルスとレムスによってローマは建設され、最初はローマ共和国、そしてローマ帝国の中心だったが、4世紀にはキリスト教世界の首都となった。世界遺産地域は、1990年、ローマ教皇領と同様に、アウグストゥス帝廟墓、ハドリアヌス帝霊廟、パンテオン、マルクス・アウレリアスの記念柱など、主要な古代の建物を含むウルバヌス8世の城壁に拡張した。 5
インド タージマハル
Taj Mahal
1983年文化遺産1
白大理石の巨大な霊廟は、ムガール帝国の王シャー・ジャハーンの命により、最愛の妃の思い出として1631年から1648年にかけ、アグラに建設された。タージマハルは、インドにおけるイスラム芸術の宝であり、世界遺産の傑作としてあまねく高い評価を受けている。 5
アグラ城塞
Agra Fort
1983年文化遺産3
タージマハルの庭園に近く、アグラの赤い砦として知られている16世紀のムガール帝国の重要な記念物が建っている。この赤い砂岩の強大な砦は、2.5kmの壁の中にムガール帝国の都市を取り囲んでおり、、おとぎ話のような宮殿で構成されている。それは、ジャハーンギール殿やシャー・ジャハーンにより建設されたハースマハル殿 (Khas Mahal)、ディワーニハース(Diwan-i-Khas) のようなオーディエンスホール(謁見の間)や非常に華麗な二つのモスクである。 3
デリーのフマユーン廟
Humayun's Tomb, Delhi
1993年文化遺産2.4
この霊廟は1570年に建てられ、インド亜大陸での最初の庭園廟として、文化的な特別な意義を持っている。いくつかの建築上の刷新があるからで、それは、タージマハルの建設において最高潮に達している。 2
デリーのクトゥブミナールとその建造物
Qutb Minar and its Monuments, Delhi
1993年文化遺産4
デリーの南数キロにあり13世紀初めに建設された赤砂岩でできたクトゥブミナールは、底部の直径14.32m、頂上部で2.75mの先細になっており、72.5mの高さがあり、とがった部分と丸くなった部分が交互にはいる装飾溝を持っている。周囲の考古学地域には、1311年建造のインドイスラム芸術の傑作である巨大なアラーイダルワーサ門や北インドで最も古く、20のブラフマー寺院から材料を再利用されたクッワトゥルイスラムモスクを含む二つのモスクがある。 3
インドネシア プランバナン寺院遺跡群
Prambanan Temple Compounds
1991年文化遺産1.4
10世紀に建造されたプランバナン寺院は、インドネシアにおけるシバ神を祀る最大の寺院である。中心の広場から上に上がると、ラーマヤーナの叙事詩が描かれたレリーフがあり、ヒンズー教の三大主神(シバ、ブラフマー、ビシュヌ)と彼らに使える動物を祀った3つの寺院がある。 3
ボロブドゥール寺院遺跡群
Borobudur Temple Compounds
1991年文化遺産1.2.6
ユネスコの協力により修復されたこの有名な仏教寺院は、中心を共有した5つのテラスを持つ三段に重なったピラミッド状の基部、トップに卒塔婆を持つ3つの丸い壇のある円錐で建造されている。壁や欄干は2,500平方kmの全体を浮き彫りで装飾されている。円形の基盤の周囲には、72の透かし彫りのストゥーパがあり、仏陀の彫像がある。 4
エジプト メンフィスとそのネクロポリス−ギザからダハシュールまでのピラミッド地帯
Memphis and its Necropolis - the Pyramid Fields from Giza to Dahshur
1979年文化遺産1.3.6
エジプトの古代王国の首都は、岩の墓、豪華なマスタバ、寺院、ピラミッドといった驚嘆する建造物がある。古代において、この地域は世界の七不思議の一つと考えられていた。 5
古代都市テーベとそのネクロポリス
Ancient Thebes with its Necropolis
1979年文化遺産1.3.6
テーベはアメン神の町であり、新王国時代においてエジプトの首都だった。寺院やカルナック神殿、ルクソール神殿、王の谷や女王の谷のネクロポリスとともに、テーベは高度なエジプト文明へのすばらしい証である。 5
アブシンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群
Nubian Monuments from Abu Simbel to Philae
1979年文化遺産1.3.6
この顕著な考古学地域は、ラムゼス2世によるアブシンベル神殿、フィラエ島のイシス神殿のような巨大な建造物を内包している。それらは、1960年から1980年のユネスコによる国際遺跡救済キャンペーンでナイル川の水底に沈む危機から救われた。 5
イスラム都市カイロ
Islamic Cairo
1979年文化遺産1.5.6
カイロの現代的都会地域の真っ只中に折り込まれ、有名なモスク、マドラサス、ハマムや泉を持つ世界で最も古いイスラム都市の一つである。10世紀に建設されたカイロは、14世紀には黄金時代に到達し、イスラム世界の新しい中心となった。 3
オーストリア シェーンブルン宮殿と庭園
Palace and Gardens of Schonbrunn
1996年文化遺産1.4
18世紀から1918年までシェーンブルン宮殿は、ハプスブルク家の居城だった。それは、建築家ヨハン・ベルンハルト・フィッシャー・フォン・エルナッハとニコラウス・パッカーシーにデザインされ、装飾芸術の傑出した見本に満ちている。庭とともに1752年にできた世界初の動物園など、バロック様式の見事な調和をかもしだす総合芸術作品の完璧なサンプルである。 3
ウィーン歴史地区
Historic Centre of Vienna
2001年文化遺産2.4.6
ウィーンは、初期ケルト人やローマ人居住地から中世都市、バロック都市へ、オーストリア・ハンガリー帝国の首都へと発展した。また、ウィーン古典主義から近代音楽に至るまで、多くの偉大な音楽家を生み、ヨーロッパ音楽の中心として重要な役割を果たした。ウィーン歴史地区は、壮大な建造物や記念碑、講演を望む19世紀後半のリンクと呼ばれる環状道路や、バロック様式の城や庭を含む多くの建造物の集合地域である。 3
カンポジア アンコール
Angkor
1992年文化遺産1.3.4
アンコールは南西アジアにおいて最も重要な考古学地域である。森林地帯を含む400kmにも伸びたアンコール考古学公園は、9世紀から15世紀にかけてのクメール帝国の異なった首都の巨大な遺構を内包している。それは、有名なアンコールワット、アンコールトム、無数の彫刻された装飾を持つバイヨン寺院である。ユネスコは、この象徴的地域とその周囲を守るために広範囲に適用するプログラムを行っている。 4
ギリシア デルフィの遺跡
Archaeological Site of Delphi
1987年文化遺産1.2.3.4.6
全ギリシアの聖域であるデルフィは、アポロンの神託があり、世界の臍であるオムパロス(アポロン神殿にあり地球の中心と考えられた石)の場所だった。郊外の景観と調和し、聖域たる意義を持ったデルフィは、紀元前6世紀には実に宗教の中心であり、古代ギリシア世界の単一の象徴であった。 3
アテネのアクロポリス
Acropolis, Athens
1987年文化遺産1.2.3.4.6
一千年以上もの間ギリシアで栄えた文明、神話、宗教を明らかにすることは、世界遺産の考えを象徴するものである。それは、古代ギリシア芸術の偉大なる4つの傑作、パンテオン、プロピレイア、エレクテオン、アテナニケ神殿があるアクロポリスに見ることができる。 4
メテオラ
Meteora
1988年自然3文化1.2.4.5
近づきがたい砂岩の頂きのある地方に、修道士たちは11世紀からこれらの天空の柱に修道院を築いた。信じられない困難にもかかわらず24もの修道院が、15世紀の偉大なる復活の時代に建てられた。それらの16世紀のフレスコ画は、次期ビザンティン絵画の発展において鍵となる一歩をしるしている。 3
エピダウロスの遺跡
Archaeological Site of Epidaurus
1988年文化遺産1.2.3.4.6
ペロポネソスの小さな谷の中、エピダウロスの遺跡はいくつかの平地に広がっている。紀元前6世紀、初めは医神アスクレピオスの崇拝に始まったが、主な建物、それは劇場だが、4世紀からのギリシア劇場の傑作の一つと考えられている。医神アスクレピオスを祀った神殿は、奇跡的な治癒の事例が広まると、多くの巡礼者を集めた。アスクレピオス神殿、医療施設、運動施設、中でもギリシアに現存する劇場の中で最も保存状態が良い劇場が有名。 3
ロードス島の中世都市
Medieval City of Rhodes
1988年文化遺産2.4.5
1309年から1523年に支配したエルサレムの聖ヨハネ騎士団は、続いてトルコやイタリアに支配された。要塞都市へと変えた。騎士団長の館、施療院、騎士団通りなどアッパータウンは、ゴシック期の最も美しい調和を持つ都市の一つである。さらに下町では、ゴシック建築がオスマントルコ時代からのモスクや公共浴場やその他建物と共存している。 3
オリンピアの遺跡
Archaeological Site of Olympia
1989年文化遺産1.2.3.4.6
オリンピアは、ペロポネソスの谷にあり、先史時代から居住されてきた。紀元前10世紀、オリンピアは、ゼウス崇拝の中心となった。神々の聖域であるアルティスは、古代ギリシア世界からの傑作が集中している。神殿に加え、紀元前776年に始まった4年ごとに開催されたオリンピックゲームのために作られたあらゆるスポーツのなごりがある。 2
スペイン グラナダのアルハンブラ、ヘネラリフェとアルバイシン
Alhambra, Generalife and Albayzin, Granada
(西語Alhambra, Generalife y Albaicin, Granada)
1984年文化遺産1.3.4
近代的な下方の街の上にあり、アルハンブラとアルバイシンは、二つの近接した丘に位置し、グラナダの中世の部分を形作っている。アルハンブラ要塞と宮殿の東には、ヘネラリフェの壮大な庭園と13〜14世紀にスペインのその地を支配していたアラブの宮殿がある。アルバイシンの居住区は、伝統的なアンダルシア建築とムーア人特有の建築が融合している。 5
エルエスコリアル修道院とその遺跡
Monastery and site of the Escorial, Madrid
(西語Monasterio y Sitio del Escorial, Madrid)
1984年文化遺産1.2.6
16世紀後半、聖ロレンソの殉教の象徴である焼き網の形に設計されたエスコリアル修道院は、カスティーリア地方の例外なく美しい地域に建っている。それまでの様式を破壊する簡素なスタイルは、半世紀以上もスペインに少なからぬ影響を与えた。エスコリアルは、謎めいた王の隠遁場所であり、フェリペ2世の治世の末期には、偉大な政治的権力の中心であった。 3
バルセロナのグエル公園
Parque Guell, Palacio Guell and Casa Mila in Barcelona
(西語Parque y Palacio Guell y Casa Mila en Barcelona)
1984年文化遺産1.2.4
多様な文化的源を考慮した実に普遍的な作品、バルセロナにおけるアントニオ・ガウディ(1852〜1926)の創造物は、非常に私的な建築スタイルと同様折衷主義を表現しているが、建築様式だけでなく、庭園、彫刻、あらゆる装飾芸術の表現形式だけでなく、新しい様式を導いた。 4
セゴヴィア旧市街とローマ水道
Old Town of Segovia and its Aqueduct
(西語Ciudad vieja de Segovia y su Acueducto)
1985年文化遺産1.3.4
セゴヴィアのローマ水道は、おそらく西暦50年頃に建設され、非常に保存状態がよい。この印象的な建造物は、2層のアーチを持ち、壮大なセゴヴィア歴史都市の背景部分を形作っている。他の重要な記念碑は、は11世紀あたりに始まったアルカサルや16世紀のゴシック様式のカテドラルも含む。 3
アヴィラ旧市街と城壁外の聖堂
Old Town of Avila with its Extra-Muros Churches
(西語Ciudad vieja de Avila e iglesias extra-muros)
1985年文化遺産3.4
ムーア人からスペイン領土を守るため、11世紀に建設された聖テレサの生地である「聖人と石の都市」は、宗教裁判所初代長官のトルケマダの墓があり、中世の禁欲的生活を保持している。この清廉な形はゴシック様式のカテドラルに見ることができ、その防壁は82の半円の塔と9個の門があり、スペインで最も完璧なものである。 3
サンチャゴ・デ・コンポステーラ
Santiago de Compostela(Old Town)
1985年文化遺産1.2.6
スペインの北西にあるこの有名な巡礼地は、イスラム教に対するスペインのキリスト教の戦いにおけるシンボルとなった。10世紀の終わりに破壊され、次世紀に完全に再建された。ロマネスク、ゴシック、バロックの建物があるサンチャゴの旧市街は世界でも最も美しい都市の一つだ。最も古い記念碑は、聖ヤコブの墓と栄光の門(Portico de la Gloria)のあるカテドラルの周辺に分類される。 3
古都トレド
Historic City of Toledo
(西語Ciudad historica de Toledo)
1986年文化遺産1.2.3.4
相次ぐローマの自治都市、西ゴート王国の首都、コルドバ首長国の要塞、ムーア人と戦うキリスト教王国の前身、および16世紀においてはカルロス5世のもとに一時的に統治されたトレドは、二千年以上もの歴史の宝庫である。その傑作たちは、存在する三大宗教の中で生まれた。すなわちユダヤ教、キリスト教、イスラム教が重要な要因だった。 4
カセレス旧市街
Old Town of Caceres
(西語Ciudad vieja de Caceres)
1986年文化遺産3.4
ムーア人とキリスト教徒間の都市の戦いの歴史は、ローマ、イスラム、北方ゴシック、イタリアルネッサンス様式の融合された建築に反映されている。イスラムの時代の塔は約30残存しているが、最も有名なのはブハコの塔(Torre del Bujaco)である。 3
セビリアの大聖堂
Cathedral, Alcazar and Archivo de Indias in Seville
(西語Catedral, Alcazar y Archivo de Indias de Sevilla)
1987年文化遺産1.2.3.6
これらの三つの建物はセビリアの心臓部で、驚くべき記念碑的な複合体を構成している。カテドラルとアルカサルは、1248年のレコンキスタから始まり、16世紀までイスラム教徒の影響が染み込んでおり、アンダルシアのキリスト教徒と同様アルモハッド(イスラム王朝)の文化の優れた証である。ヒラルダの塔は、アルモハッド建築の傑作であり、五つの身廊でカテドラルに続くが、ヨーロッパにおける最大のゴシック建築であり、クリストファー・コロンブスの墓がある。インディアス古書館になった古代ロンハは、アメリカにおける植民地政策に関する重要な書類が納められている。 3
サラマンカ旧市街
Old City of Salamanca
(西語Ciudad vieja de Salamanca)
1988年文化遺産1.2.4
マドリードの北西にあるこの古代大学都市は、紀元前3世紀にカルタゴ人により最初に征服された。それから、ムーア人により11世紀に支配される前はローマの入植地だった。ヨーロッパにおけるもっとも古いものの一つである大学は、サラマンカの黄金時代に最高潮に達した。都市の歴史的中心には、ロマネスク、ゴシック、ムーア様式、ルネッサンス、バロックの重要なモニュメントがある。回廊とアーケードを持つマヨール広場は、格別印象的である。 3
メリダの考古遺跡
Archaeological Ensemble ofMMerida
(西語Conjunto arqueologico de Merida)
1993年文化遺産3.4
アウグスタ・エメリータの植民都市、現在ではエストゥレマドゥーラ地方のメリダは紀元前25年に発見され、スペインの軍事作戦の終わりにはルシタニアの首都だった。その古い都市の遺跡は、全く申し分なく保存され、特に、グアディアナ州にかかる大きな橋、闘技場、劇場、広い競技場、比類ない水道供給システムを含んでいる。それは、ローマ帝国とそれに続く時代における地方のローマン都市の比類ない例である。 3
サンタマリアデグァダルーペの王立修道院
Royal Monastery of Santa Maria de Guadalupe
(西語El Monasterio Real de Santa Maria de Guadalupe)
1993年文化遺産4.6
修道院は、4世紀のスペイン宗教建築のまれな実例であるが、1492年に起こった世界史における二つの重要なできごとを象徴している。それは、カトリックの王たちによるイベリア半島の国土回復とクリストファー・コロンブスのアメリカ大陸到達である。その有名な聖母の像は、新世界の多くのキリスト教化の強力なシンボルになった。 2
歴史的城壁都市クエンカ
Historic Walled Town of Cuenca
(西語Ciudad historica fortificada de Cuenca)
1996年文化遺産2.5
コルドバのカリフ統治の心臓部において、防御位置にムーア人によって築かれたクエンカは、中世要塞都市として非常に保存状態が良い。12世紀にカスティリアによって征服されると、スペインの最初のゴシック大聖堂や、ウエカル川の切り立った崖から張り出している有名なカーサコルガーダ(宙づりの家)のような代表的な建築物とともに王の統治する町となった。 3
バルセロナのカタルーニャ音楽堂
The Palau de la Musica Catalana and the Hospital de Sant Pau, Barcelona
(西語Palau de la musica catalana y hospital de San Pau, Barcelona)
1997年文化遺産1.2.4
カタルーニャ音楽堂とサンパウ病院は、カタルーニャアールヌーボー建築家ドメネク・モンタネールにより作られ、バルセロナの建築に多大な貢献をしている。カタルーニャ音楽堂は、豊富な鉄でできており、光と空間に満ちた構造で、多くのデザイナーに装飾されている。サンパウ病院は、同様にそのデザインと装飾が際立っており、病人に対しての必要性を完全にまかなっている。 2
アランフェスの文化的景観
Aranjuez Cultural Landscape
(西語Paisaje cultural de Aranjuez)
2001年文化遺産2.4
アランフェスの文化的景観は、複合的に関連した地域である。自然との暮らし、入り組んだ水路が幾何学的にデザインされ、村落と都市、整然とした樹林帯と豪壮な建築物群など多様な要素が織りまぜられている。300年間の景観の開発と維持に対する王家の配慮は、18世紀のフランス式バロック庭園や王宮を建設し、新たな都市生活様式を生み出した。 3
タイ 古都アユタヤと周辺の歴史地区
Historic City of Ayutthaya and Associated Historic Towns
1991年文化遺産3
1350年に建設されたアユタヤは、スコタイの後二番目のシャムの首都となり、18世紀ビルマによって破壊された。爆撃(聖骨箱の塔)と巨大な修道院により特徴づけられた遺跡は、過去の壮麗さの一つの典型である。 3
チェコ プラハ歴史地区
Historic Centre of Prague
1992年文化遺産2.46
11世紀から18世紀にかけて建てられた旧市街、マラーストラナ、新市街は、中世以来この市によってエンジョイされた偉大なる建築学的文化的な影響を物語っている。フラッチャニ城(プラハ城)、聖ヴィート聖堂、カレル橋や数多くの教会や城のように多くの壮麗なる記念碑は、大部分が14世紀に神聖ローマ皇帝カール4世のもとで建設された。 4
チェスキークルムロフ歴史地区
Historic Centre of Český Krumlov
1992年文化遺産4
ヴルタヴァ川の岸に位置し、町はゴシック、ルネッサンス、バロックの要素を持った13世紀の城のまわりに建設された。それは、建築遺産が5世紀以上も平和な発展のおかげで、元の状態のまま残された小中央ヨーロッパの中世都市の顕著な例である。 3
テルチ歴史地区
Historic Centre of Telč
1992年文化遺産1.4
丘の上にたつテルチの家々は、元々は木造だった。14世紀後半に起きた火事の後、町は石で建造され、壁に取り囲まれ、さらに人口池で強化された。町のゴシック建築の城は、15世紀後半にハイゴシック様式で再建された。 2
クトナーホラ:歴史地区および聖バルバラ教会とセドレツの聖母マリア聖堂
Kutná Hora: Historical Town Centre with the Church of St Barbara and the Cathedral of Our Lady at Sedlec
1995年文化遺産2.4
クトナーホラは銀山の開発により発展した。14世紀、繁栄を象徴した記念碑が寄付され、町は王宮都市となった。聖バルバラ教会は後期ゴシック期の宝石であり、セドレツの聖母マリア聖堂は18世紀初頭にバロック調に修復され、中央ヨーロッパの建築に影響を与えた。これらの傑作は、今日、いくつかの特に優れた個人の邸宅とともに、保存状態の良い中世都市の織物の一部である。 3
クロムニェジーシュの城と庭園
Gardens and Castle at Kromĕřĭž
1998年文化遺産2.4
クロムニェジーシュは、モラヴィア地方の中央部分にあるクリビー山脈の麓で、モラヴァ川を横切った浅瀬の側に位置している。クロムニェジーシュの城と庭園は、ヨーロッパ的バロックの豪華な邸宅とその庭が例外的に完全に保存状態が良いというサンプルである。 3
ホラショヴィツェの歴史的村
Holašovice Historical Village Reservation
1998年文化遺産2.4
ホラショヴィツェは、例外的に完璧に保存状態の良い伝統的中央ヨーロッパの村である。『南ボヘミアの民衆バロック』として知られている様式において、多くの傑出する18世紀、19世紀のその土地固有の建物があり、中世にさかのぼる設計図を保存している。 1
リトミシュル城
Litomyšl Castle
1999年文化遺産2.4
リトミシュル城は、元来イタリアで最初に発展し、16世紀に中央ヨーロッパで大いに開発された様式であるルネッサンスアーケード様式だった。そのデザインと装飾は、18世紀に加えられた後期ハイバロック機能を含み特に秀逸である。このタイプの貴族的住居に関連する付属の建物も完全に保存されている。 3
中国 万里の長城
The Great Wall
1987年文化遺産1.2.3.4.6
紀元前220年、秦の始皇帝のもとで、以前からの砦の部分が、北からの匈奴に対する防衛システムを構築するために結合された。構造物は、明朝(1368〜1644)まで続き、万里の長城は世界最大の軍事的構造物となった。その歴史的戦略的な重要性は、その建築的壮観さによってのみ調和している。 4
やはりスケールがでっかい
北京と瀋陽の明・清朝の皇宮
Imperial Palaces of the Ming and Qing Dynasties in Beijing and Shenyang
1987、2004年文化遺産1.2.3.4
1987年に登録された明・清朝の皇宮の追加として、瀋陽におけるものも記された。 その特性は、現在、北京と瀋陽における明・清朝の皇宮として知られている。 瀋陽における清朝皇宮は114あり、1625、26年から1783年に建造された。 それは、その勢力を国の中心に広げ、北京に首都を移動する以前の中国を統治した最後の王朝の基盤を証明する重要な蔵書も含んでいる。そして、この宮殿は、北京の皇宮の補助的なものになった。 この顕著な建造物は、清朝の歴史や、満州、北方部族の文化伝統に、重要な歴史的証言をしている。 3
訪れたのは故宮博物院のみ
明・清朝の皇帝陵墓群
Imperial Tombs of the Ming and Qing Dynasties
2000、2003、2004年文化遺産1.2.3.4.6
2000年と2003年に記された明朝の皇墓群に、遼寧にある清朝の三つの皇墓が追加された。 遼寧省の清朝の三つの皇墓は、北陵、東陵、永陵で、すべて17世紀に建造された。清朝を設立した皇帝とその祖先のために、墓は伝統的な中国の土占いと風水理論に基づいて建造された。 それらは竜のモチーフで石像、彫刻、タイルの豊かなデコレーションを特徴とし、清朝の埋葬建築物の発展を明らかにしている。 三つの墓の複合体、およびそれらの多数の建物は、先の王朝と満州文明の新機能から引き継がれた伝統を結合している。 2
訪れたのは明の十三陵のうちの定陵のみ
マカオ歴史地区
Historic Centre of Macao
2005年文化遺産2.3.4.6
マカオは、国際貿易の発展の中で戦略的に重要で有利な港だが、16世紀中頃から中国の統治権がやって来た1999年まで、ポルトガルの政権下にあった。歴史的な通り、住宅や宗教的な公共のポルトガルと中国の建物群があり、マカオ歴史地区は、美的・文化的・建築学的・技術的にも東洋と西洋の影響を受け、結合したユニークなものである。この歴史地区には砦と灯台も含み、それは中国で最も古い。この地区は、国際貿易の活気をベースにして、最も早くてもっとも長く続いた中国と西洋との出会いを支えている。 4
初めての海外旅行だったので印象的でした
ドイツ ヴュルツブルクの司教館、その庭園と広場
Würzburg Residence with the Court Gardens and Residence Square
1981年文化遺産1.4
この荘厳なバロック宮殿は、すばらしい庭に囲まれており、ドイツにおいて最も大きく美しいものの一つであり、プリンスビショップであるロータル・フランツとフリードリッヒ・カール・シェーンボルン伯を後見にして造られた。18世紀、バルタザール・ノイマンの指揮下芸術家や画家(ティエポロを含む)、彫刻家、漆喰職人の国際的なチームにより建設された。 3
ヴィースの巡礼教会
Pilgrimage Church of Wies
1983年文化遺産1.3
アルプスの谷の美しい情景の中で奇跡的に保存されたヴィース教会(1745〜54)は、建築家ドミニクス・ツィンマーマンの仕事であり、あふれるばかりの色使いと喜びのあるバイエルンロココ芸術の傑作である。 3
ライン渓谷上流中部
Upper Middle Rhine Valley
2002年文化遺産2.4.5
数々の城や歴史的都市、ぶどう畑がある長さ65kmにまたがるライン渓谷中部は、劇的でさまざまな自然の景観と人間の関わり合いの長い歴史をありありと写し出している。それは、歴史や伝説と親密にかかわり、何世紀もの間、作家、芸術家、作曲家に多大な影響を及ぼしてきた。 3
トルコ イスタンブール歴史地区
Historic Areas of Istanbul
1985年文化遺産1.2.3.4
ボスフォラス半島は、バルカン、アナトリア、黒海、地中海の間にあり、戦略上重要な地であり、イスタンブールは、2千年以上主要な政治上の宗教的芸術的できごとと関連している。コンスタンティヌス帝の古代ヒポドローム、6世紀のアヤ・ソフィア、16世紀のシュレイマンモスクを含む傑作群は、今や人口圧縮による産業公害や制御されていない都市化の脅威にさらされている。 5
ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩窟群
Goreme National Park and the Rock Sites of Cappadocia
1985年自然遺産3文化遺産1.3.5
浸食によりすっかり彫刻された壮大な景観の中、ギョレメ渓谷とその周辺は、次の偶像破壊時代におけるビザンティン芸術のユニークな証拠を示す岩石で切り取られた聖域を包含している。住居、穴居人村および地下都市、それは4世紀以前の伝統的人間の住居の遺構であり、そこに見ることができる。 5
ヒエラポリス−パムッカレ
Hierapolis-Pamukkale
1988年自然遺産3文化遺産3.4
平原を見下ろす約200mの高さの崖の温泉から引き出され方解石のしみ出た水は、パムッカレ(綿の城)で鉱物を含んだ森林、石化した滝や連綿とつながった水たまりのテラスという稀に見る景観をつくっている。紀元前2世紀後半、アタリッド王朝ペルガモン王は、ヒエラポリスに熱鉱泉を設立した。浴場跡、寺院およびその他のギリシア記念碑を見ることができる。 5
日本 法隆寺地域の仏教建造物
Buddhist Monuments in the Horyu-ji Area
1993年文化遺産1.2.4.6
奈良県の法隆寺周辺には48の木造建造物がある。7世紀後半もしくは8世紀前半からの数年に、世界中で残存する最も古い木造建築が造られている。これら木造建築の傑作は、芸術の世界のみならず中国仏教芸術への適合や日本文化への独自の配置を示し、宗教の歴史においても、それらの建造物が朝鮮半島を通り中国から日本への仏教紹介が同時に起きたということが重要である。 4
古都京都の文化財
Historic Monuments of Ancient Kyoto (Kyoto, Uji and Otsu Cities)
1994年文化遺産2.4
西暦794年、古代中国の首都を手本にして建設された京都は、19世紀半ばまでその創立から日本の帝国の首都であった。京都は、1千年以上も日本の文化の中心として、日本の木造建築の発展、特に宗教建造物、世界中の風景庭園に影響を与えた日本庭園芸術を例証している。 5
古都奈良の文化財
Historic Monuments of Ancient Nara
1998年文化遺産2.3.4.6
奈良は、710年から784年まで日本の首都だった。この期間に国家の政府の枠組みは固められ、奈良は日本文化の源泉として浮かび上がり、すばらしい反映を楽しんだ。奈良の歴史的建造物群、仏閣、神社や発掘された重要な平城京跡は、深遠な政治的、文化的転機の期間である8世紀における日本の首都での生き生きとした生活の光景を提供している。 4
日光の社寺
Shrines and Temples of Nikko
1999年文化遺産1.4.6
日光の神社仏閣は、周囲の自然環境とともに、建築上装飾的な傑作として知られている神聖な地域を何世紀にもわたって作り上げてきた。それらは、密接に徳川将軍の歴史と結びついている。 3
ノルウェー ウルネスのスターヴ教会
Urnes Stave Church
1979年文化遺産1.2.3
ウルネスの木造教会(スターヴ教会)はソグンフィヨルドに自然のままに建っている。それは、12〜13世紀に建造された伝統的スカンディナヴィア木造建築の顕著な例である。ケルト芸術、ヴァイキングの伝統、ロマネスク構造が見られる。 3
ブリッゲン
Bryggen
1979年文化遺産3
ブリッゲンはベルゲンの古い波止場であるが、14世紀から16世紀半ばのハンザ同盟の貿易支配として重要な形見である。1955年を最後にし、多くの火事によりブリッゲンの美しい木造家屋は焼失したが、主要な構造は保存された。58の建物の多くは、今は芸術家のスタジオとして使用されている。 3
ヴァチカン市国 ヴァチカンシティ
Vatican City
1984年文化遺産1.2.4.6
キリスト教界で最も神聖な場所の一つであるヴァティカン市は、重要な歴史と畏怖の念を起こさせる精神的冒険を証明する。芸術的建築的な傑作の個性的なコレクションは、この小さな国家の区域内にある。その中心は聖ピエトロ大聖堂で、二重列柱を持ち前には円形の広場があり、宮殿と庭で接している。大聖堂は、十二使徒の聖ペテロの墓の上に建てられており、世界でも最も大きな宗教建造物であり、ブラマンテ、ラファエロ、ミケランジェロ、ベルニーニ、マデルナといった天才たちが結合した果実である。 5
フランス モンサンミッシェルとその湾
Mont-Saint-Michel and its Bay
(仏名Mont-Saint-Michel et sa baie)
1979年文化遺産1.3.6
ノルマンディーとブルターニュの間の強力な潮にさらされた広大な砂州の中の岩だらけの小島の上に置かれ、『西洋の奇跡』といわれる大天使聖ミカエルに捧げられたゴシック様式のベネディクト会修道院は立っており、村はその大きな内壁の影の中で発達した。11世紀から16世紀の間に建設された修道院は、技術的芸術的な力技であり、この独特の自然の地により引き起こされた問題に順応しなければならなかった。 3
シャルトル大聖堂
Chartres Cathedral
(仏名Cathedrale de Chartres)
1979年文化遺産1.2.4
1145年に一部が建設され、次に1194年の火災後26年以上をかけて再建されたシャルトル大聖堂は、フランスゴシック芸術の頂点を示している。巨大な本堂、純粋な筋交い骨スタイルで、玄関は12世紀中頃からすばらしい彫刻で飾られており、壮麗な12世紀、13世紀のステンドグラスの窓はすべて特筆すべき状態であり、それらが結合してこの大聖堂を傑作にしているのである。 3
ヴェルサイユの宮殿と庭園
Palace and Park of Versailles
(仏名Palais et parc de Versailles)
1979年文化遺産1.2.6
ベルサイユ宮殿は、ルイ14世からルイ16世の時代、フランス王の主たる住居だった。建築家、彫刻家、室内装飾かおよび造園家の数世代により装飾されたベルサイユ宮殿は、1世紀以上もの間理想的な王の住居のモデルをヨーロッパに提供した。 4
アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物
Roman and Romanesque Monuments of Arles
(仏名Monuments romains et romans d'Arles)
1981年文化遺産2.4
アルルは、中性ヨーロッパ文明への古代都市の適合の好例である。アルルにはいくつかの印象的なローマの記念碑がある。最も早いものでは、闘技場、ローマ劇場、クリプトポルティック(地下回廊)、紀元前1世紀に戻り4世紀の間、コンスタンティヌス帝の浴場やアリスカンのネクロポリスにより証明されるように、アルルは二度目の黄金時代を経験した。11世紀、12世紀において、アルルは再び地中海で最も魅力的な年の一つになった。市壁の中の回廊のあるサントロフィーム教会は、プロバンスの主要なロマネスク記念碑の一つである。 3
ポンデュガール(ローマ水道Pont du Gard (Roman Aqueduct
(仏名Pont du Gard)
1985年文化遺産1.3.4
ポンデュガールは、ガール川を横切り約50km離れたニームの水路を可能にするため、西暦少し前に建設された。ローマ建築家と水力技術者がこの橋を設計した。この橋は、50mの高さに立ち三段構造になっていて、最も長いところで275mあり、芸術的な傑作であると同時に技術的に造られている。 3
パリのセーヌ河岸
Paris, Banks of the Seine
(仏名Paris, rives de la Seine)
1991年文化遺産1.2.4
ルーブルからエッフェル塔までコンコルド広場からグランパレおよびプチパレまで、パリの発展とその歴史は、セーヌ河から見ることができる。ノートルダム大聖堂と聖チャペルは建築の傑作であり、オースマンの広い街区や大通りは、19世紀後半や20世紀、世界中の都市計画に影響を及ぼした。 4
アヴィニョン歴史地区
Historic Centre of Avignon
(仏名Centre historique d'Avignon)
1995年文化遺産1.2.4
14世紀、南フランスのこの都市は法王の座があった。法王の宮殿は、シモーネ・マルティーニとマッテオ・ジョバネッティによって惜しみなく飾りつけられた厳格にみえる砦で、取り巻く塁壁とローヌ川にかかる12世紀の橋の名残のある都市を見下ろしている。ゴシック建築の傑出した見本の下、14世紀のキリスト教ヨーロッパでアヴィニョンにより先駆けとなり、プチパレやドームのノートルダムというロマネスク大聖堂が、比類ない記念碑のグループを完成している。 3
リヨン歴史地区
Historic Site of Lyons
(仏名Site historique de Lyon)
1998年文化遺産2.4
リヨンの長い歴史は、紀元前1世紀、ローマ人により三つのガリアの首都として作られ、それ以来ヨーロッパの政治的、文化的、経済的発展を担う主要な役割を演じ続けており、都市の織物やすべての時代での多くのすばらしい歴史的建造物により、生き生きと例証されている。 3
シュリーシュルロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷
The Loire Valley between Sully-sur-Loire and Chalonnes
(仏名Le Val de Loire entre Sully-sur-Loire et Chalonnes)
2000年文化遺産1.2.4
ロアール渓谷は、偉大なる美の傑出した文化的景観であり、歴史的にゆかりのある町や村、重要な記念建造物(城)、それらの人口と物理的環境、主としてロアール川自体との何世紀もの相互作用によって形成された耕作地を含んでいる。 4
ベルギー ブリュッセルのグランプラス
La Grand-Place de Brussels
(仏語La Grand-Place de Bruxelles)
1998年文化遺産2.4
ブリュッセルのグランプラスは、主に17世紀後半から、公共の建物と私的な建物が顕著に均質体になっている。その構造は、重要な政治的商業的中心で、その時代の社会的文化的生活水準を生き生きと例示している。 3
フランダース州のベギン会修道院
Flemish Beguinages
(仏語Beguinages flamands)
1998年文化遺産2.3.4
ベギン会修道女は、世間から引退せず神に人生を捧げた女性たちだった。13世紀、彼女たちは霊的物質的に彼女たちの需要を満たすように設計された禁域の共同体であるベギン会を設立した。フランドルのベギン会は、都市または田舎を起源としてレイアウトされた家、教会、付属の建物、緑地で構成され、フランドルの文化的地域に特定の様式で築き上げられた建築の集合である。それらは、中性北西ヨーロッパに展開したベギン会の伝統を、魅惑的に思い出させるものである。 2
ブルージュの歴史的中心地
Historic Centre of Brugge
(仏語Le centre historique de Bruges)
2000年文化遺産2.4.6
ブルージュは、中性の歴史的住居の傑出した見本であり、何世紀もの間に発展した歴史的織物を維持し、オリジナルのゴシック構造は町の独自性の一部を形成している。ヨーロッパの商業的、文化的な首都の一つとして、ブルージュは世界の異なる地域へのリンクを開発した。それは、密接にフランドルの初期の絵画学校に関連づけられている。 4
ポルトガル トマールのキリスト教修道院
Convent of Christ in Tomar
1983年文化遺産1.6
元々はレコンキスタを象徴する記念碑としてデザインされたトマールのテンプル騎士団(1344年にキリスト教騎士団に移った)の修道院は、他の文明へとポルトガルをいざなうマヌエル時代に、まさしく正反対のものを象徴するようになった。 3
バターリャの修道院
Monastery of Batalha
1983年文化遺産1.2
バターリャのドミニコ会の修道院は、1385年アルジュバロッタの戦いでカスティリアに対しポルトガルが勝利した記念に建造され、続く2世紀、ポルトガル君主制の主たる建物だった。ここにおいて、非常に独創的で、王の回廊という傑作に示されるマヌエル芸術に深く影響されたポルトガルゴシック様式が発展した。 3
リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔
Monastery of the Hieronymites and Tower of Belem in Lisbon
1983年文化遺産3.6
1502年に建造が始まり、リスボン港の入口に立っているジェロニモス修道院は、ポルトガル芸術の最高峰である。その近くにあるベレンの塔は、ヴァスコ・ダ・ガマの遠征を記念して造られており、現代世界の礎を築いた大航海時代を思い出させるものである。 3
エヴォラ歴史地区
Historic Centre of Evora
1986年文化遺産2.4
ルーツをローマ時代に逆上るこの博物館都市は、ポルトガル王の住居ができた15世紀に黄金時代に到達した。その独創的な特性は、アズレージョで飾られた白く塗られた家や、16世紀から18世紀の時代のロートアイアンバルコニーに由来する。その記念碑群は、ブラジルにおけるポルトガル建築に影響を及ぼした。 2
アルコバサの修道院
Monastery of Alcobaça
1989ペン文化遺産1.4
リスボンの北にあるアルコバサのサンタマリア修道院は、12世紀にアフォンソ一世により建造された。その大きさ、建築様式の純粋さ、建材の美しさで、シトー派ゴシック芸術の傑作となっている。 2
シントラの文化的景観
Cultural Landscape of Sintra
1995年文化遺産2.4.5
19世紀にシントラは、ヨーロッパの最初のロマネスク建造物の中心地となった。フェルディナンド二世は廃墟の修道院をゴシック、エジプト、ムーア、ルネッサンスの要素を持ち、在来種と外来種の混ざる公園を造ることで、新しい感覚の城に変えた。同じ方法で山(serra)の周囲に建てられた他のすばらしい住居は、ヨーロッパ中で景観設計の開発に影響を及ぼした公園や庭との独創的な組み合わせを創造した。 3
ポルト歴史地区
Historic Centre of Oporto
1996年文化遺産4
ドゥーロ川の河口を見下ろし、丘に沿って建造されたポルト市は、千年の歴史を持つ、傑出した都市景観である。海(ローマ人はポルタスまたはポートという名前を与えた)とつながっているその連綿とした成長は、多くのさまざまな記念碑に見ることができる。ロマネスク様式の聖歌隊のあるカテドラルや新古典主義の証券取引所、典型的なポルトガルのマヌエル様式のサンタクララ教会などである。 4
ギマランエス歴史地区
Historic Centre of Guimarães
2001年文化遺産2.3.4
ギマランエス歴史地区は、12世紀におけるポルトガルという国家のアイデンティティの出現に関連している。現代的な町の中で、非常に保存状態の良い正統な中世の建物は、15世紀から19世紀にかけて一貫して伝統的な建築材料と技術を使っており、ポルトガル建築の特殊な発展を例示している。 2
ルクセンブルク ルクセンブルク市の旧市街と要塞
City of Luxemburg: its Old Quarters and Fortifications
1994年文化遺産4
戦略的な地理的位置のため、ルクセンブルクは、16世紀から城壁が解体された1867年まで、ヨーロッパの重要な拠点の一つだった。要塞は、一つのヨーロッパの偉大な勢力やまた別の勢力(神聖ローマ帝国皇帝、ブルゴーニュ家、ハプスブルグ家、フランスやスペイン王、そして最終的にプロシア人)が通りすぎると、繰り返し補強された。部分的に破壊されるまで、要塞は数世紀にわたる軍事建造物のすばらしい見本であった。 3
「5段階評価すると」は、あくまで私の個人的な意見ですが、参考にしていただければ嬉しいです。
評価は、世界遺産に対するその人の知識や、その人が受けた旅の印象により、必然的に異なってくると思えます。詳しい知識を持たない普通人が観光すると、こうなるかな、というレベルです。

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